最近『サイレントテロ』という言葉を見かけました。
もしかしたら今まで何度か目にしてきて、特に引っかかることも無く通り抜けていた言葉かもしれません。
しかし、ふと気になって詳しく調べてみたら面白かったので一つ記事にしてみようと思います。
サイレントテロとは?
そもそもサイレントテロって何ぞや?
「静かに行われるテロ」と言うのは分かるけれどもイマイチしっくりこないかもしれませんね。
サイレントテロは『動かないこと』で成される
サイレントテロという行為を一言で言ってしまうと
何もしない
ことです。
『何もしない』をもっと詳しく書くのであれば
- 消費をしない
- 子供を産まない
- 生産活動をしない
といった行為を指します。
まさに資本主義の現代社会に対する反逆と言っても良いでしょう。
そう、サイレントテロとは現代社会の破壊を目論んでいるテロ行為という訳です。
サイレントテロは2000年代後半くらいに誕生
Googleトレンドで調べてみると『サイレントテロ』のワードの検索が2006年ごろから現れています。
一応元ネタになったのは2ちゃんねるらしいけれども詳細は分かりません。当時のまとめサイトを題材に記事を書いている方が居るので「可能性としてはある」程度です。
はてなキーワード発という説もあります。
また、2011年にテレビでも紹介されていました。当時の動画は見つかりませんがテレビ情報で取り扱われていた旨が掲載されていました。
サイレントテロと私達
以上がざっくりとしたサイレントテロの解説でした。
もしかすると「僕(私)ってサイレントテロリストかも?」なんて思う方も居るかもしれませんね。
そう、サイレントテロはもはや私達の生活の一部と化している訳です。
国民総サイレントテロリストってマジ?
昨今の我々は皆サイレントテロリストと言っても良いでしょう。
- 消費戦略に乗らず、無駄な出費を抑える
- 自分の経済状況を鑑みて子供を作る(あるいは作らない)
- モテないなら諦めて無駄な努力はしない
- お金を貯めてFIREをしよう
- 貯金は大事
一度は考えたり耳にしたことがあることだと思います。
そう考えるのであれば、現代においてサイレントテロという言葉自体に特別な意味が存在しないとも言えます。
そもそも明確な定義もありませんし、「お前はサイレントテロリストだ!」と言ったところで意味を知っている人からすれば「で、それが何?」と感じるでしょう。
『テロ』という物騒な言葉が付いているためイメージだけ一人歩きしてしまった言葉のように感じます。
ミニマリストとサイレントテロ
ミニマリストの方が私はサイレントテロリストでは無いという記事がありました。
内容的には「ミニマリストには復讐心が無いからサイレントテロリストでは無い」という主張です。
しかし、ミニマリストもサイレントテロリストも同じだと私は思います。
消費しない=資本主義の現代社会に対する破壊行為
このように言える以上サイレントテロリストでしょう。
どのような思想があったところでやっている事は同じなのです。
もちろん、私はミニマリストを否定したい訳ではありません。
と言って欲しい訳。
やっている事はどちらも「消費しない」です。
「やらない」から「やめさせられない」
サイレントテロは「やらない事」で成就します。
つまり、サイレントテロを止めるにはやらない事をやめさせなければいけません。
簡単に言えば「消費をさせる」ことですがこれも一筋縄ではいきません。
本来消費とは「○○がしたい」という欲求から来ている理屈では無く本能に近い感情ですよね。
ではなぜ消費をしないのか?
パッと思いつく答えは「できないと諦めた」から。
カイジの話でありますよね。
出典:賭博黙示録カイジ1巻
そりゃ嫌にもなりますよね。高すぎるゴールや手の届かないものに興味を示せと言われても、湧くのはやる気では無く殺意です。
そう、「やれ」と言われてできるならハナっからやっている訳です。無い袖は振れません。
言い換えるならサイレントテロは持たざる者の最終手段なのです。
そんな声が聞こえてくるように感じます。
中国のタンピン族との関係
私は以前中国のタンピン族について書きました。
この記事のタイトルには「日本もそうなる?」と書いていましたが私の調査力不足。もうなっていました。
タンピン族についてももっと調べてみると味わい深く
立ち上がれない、しかし跪くこともしたくない、だから寝そべる
という言葉にはつい感服してしまうほど。
サイレントテロもタンピン族のフレーズやストゼロのようなキャッチーさがあると流行するかもしれませんね。
今回は以上です。
最後まで読んでくれてありがとうございました!